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なぜ私はスタバに行くのか








スターバックスコーヒーが日本事業の売却を検討しているというニュースを見た。売却額は最大5000億円と見込まれるとのこと。まだ憶測の段階でしかないけれど。米国での業績不振が続く中、日本だけが好調を続けているのが大きな理由だとも言われている。




私はスタバが好きである。昨日ネットニュースを見たときも、ちょうどスタバにいた。店員さんに教えてもらった新作ビタークリームコーヒーを飲んでいた。あまりにクリームが美味しくて「うんま!」と驚いていた。ちょうどスターリワード(ポイント)が2倍貯まるイベントが開催されていて、これは行かなきゃ!と思ったのだ。いい鴨なのだ。




そして今日もスタバにいる。このブログを書きながら、あらびきウィンナーパイを食べている。今週だけで2回行った。「なぜ私はこんなにスタバが好きなんだろう」「なぜ日本人はスタバが好きなのだろう」と確かめたくて、あえてスタバに足を運んでみた。




地元には4店舗ある。昨日とは違う店舗を訪れた。今日は家から一番近い店舗を選んだ。店内は8割ほど席が埋まっている。パソコンを開いている人は半分くらい。仕事をしているサラリーマンも多い。みんなそれぞれの時間を過ごしている。



今の私にとって、スタバは「駆け込み寺」のような場所だ。

特に介護をはじめた4年前から、息抜きのために訪れる回数が増えた。WIFI環境が整っているので、仕事を進めるために使っている。でも、それだけではない。母が発作を起こして入院をした日の夜も、なんとか回復して退院する日の朝も私はスタバに駆け込んだ。


ここに来ると人の存在を感じられる。でも誰も干渉してこない。ホッとする。何を飲もうかなと選ぶ時、少しだけ新しい変化を起こせる。32歳で介護を始めた時、世界から置いてかれている気分になった。みんなが自由に人生を切り拓く時、私だけが今にも命途絶えそうな母と立ち止まっていた。「自分で決めたことでしょう」何度も言い聞かせたし、実際に言われた。

スタバに来ると、自分にも小さな秘密基地があって、少しだけ前に進めるような気分になった。




私とスタバの出会いは雑誌の中だった。当時中学1年生、セブンティーンという雑誌の中に「スターバックス」を見つけた。おしゃれな店内と美味しそうなフラペチーノ。キラキラしてまぶしかった。北海道の田舎の街に、当然あるはずがない。「いつか東京で、このお洒落なドリンクを飲みたい」ささやかな夢ができた。



夢が叶ったのは17歳の5月。高校生になった私は、修学旅行で訪れた京都でスタバを発見した。夜の自由時間、友人達は彼氏と会ったり、ゲームをしたり楽しそうにしていた。その頃から一匹狼。たった1人で夜のスタバに入り「バニラクリームフラペチーノ」と震える声で注文した。もう忘れてしまったけど、感動と背徳感で胸がいっぱいだった気がする。


その後、修学旅行は東京に移動した。再び自由行動の時間。また私だけ単独行動にさせてもらい、原宿のスタバに入った。店内には、おしゃれな人がたくさんいた。その中に混じり、1人フラペチーノをすすった。居心地は最高に悪かった。夢を叶えたというか、任務を達成したというか。


今度は私の中に「スタバに通うのが当たり前の自分になりたい」と新たな夢ができた




マニアと言えるほどではない。グッズなどは集めていない。飲んだことがないメニューもたくさんある。それでも高校生の頃に願ったことを、今は叶えている。数えことはないけど、200回以上は行っているかな。先日滞在した名古屋も、作業を進めるためにスタバを利用した。注文する時に声が震えることもない。



大学4年生の時、就職活動でスターバックスコーヒーに志願した。東日本大震災があったばかり。岩手県の被災地に住んでいたこともあり、就活は難航した。私のスタバ愛もあっけなく、書類選考で散った。しかし、なぜかタリーズコーヒーが採用通知をくれた。せっかくの誘いを断った。そしてブライダル会社に就職した。



新卒でいきなり富山県に配属された。土地勘も知り合いもいない場所。営業志望だったけど、望んでいない衣裳部だった。何もかも希望通りじゃなかった。それでも23歳の若者は、なんとか結果を出そうと頑張った。たった1度の結婚式を素晴らしいものにするために、早朝から夜中まで働いた。それでも失敗ばかり。同期と比べて落ち込んでばかりだった。


毎朝、仕事に行くのが憂鬱だった。富山には世界一美しいスタバといわれる店舗がある。冠水公園に面した絶景の中に佇んでいる。そこが、当時の私の駆け込み寺だった。毎日吐き気が込み上げてきた。もう辞めたい、でも辞めたら生きていけない。親が心配する、3年は続けないと。毎朝スタバに行って気持ちを整えて、なんとか働いていた。あの場所がなかったら、私はきっとグダグダのまま崩れていたと思う。



家でも職場でもない、完全な居場所とは言い切れない居場所。少しだけ心の風向きを変えてくれる場所。日本人はスタバが好きな人が多い。米国を凌ぎ、業績は右肩上がりに伸び続けている。販売戦略の賜物であることは間違いないが、そこは私にはうまく説明できそうにない。



私が経験してきて思うことは、日本人がそれだけスタバに「居場所」と「変化」を求めているとうこと。

自分ひとりではやり切れない気持ちを持って逃げ込める場所。さっと気分を立て直したい時に寄りたい場所。新しい店舗、新しい味などの変化に出会える場所。そんな心の拠り所として利用している人が、たくさんいるのだと思う。



これまでスタバに使ってきた数百円をかき集めたら、海外旅行にでも行ける額だと思う。それでも私にとっては絶対に必要な時間だった。店員さんとのなんてことのないやりとりも、紙カップに書かれていたイラストも嬉しかった。誰かに出会うこともなく、話しかけられることもなく、自分の意思だけで行き、好きな時間に帰ることができる。




私はこれからも、きっと何度もスタバに行くだろう。いつか働いてみたいなと思うけど、やっぱり今は駆け込み寺にしておきたい。『居場所』と『変化』をくれる場所だから。



そして、スタバが私にくれたような『居場所』と『変化』を作れる人になっていこう。講座、セッションを受けてくれる人の駆け込み寺になるように。


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