自分を生き切ること
- 美穂子

- 2 日前
- 読了時間: 5分

昨夜、ある番組に出会い、吸い込まれるように見入っていた。日付が変わる夜更けにひとり、嗚咽した。それは、安楽死を選んだ女性のドキュメンタリー。「彼女が選んだ安楽死~たった独りで生きた誇りとともに~」という番組だ。
彼女が眠りにつく姿を見届けて「自分をもっと生き切ろう。五体満足でいるのだから、あなたはやりたいことなんでもできるでしょ」と自分を鼓舞した。
いつもだったら絶対に選ばないタイトルだった。病気、生き死に、いじめなど暗いイメージの番組は、基本的に見ない。戦争や殺人、ミステリーなどの作品も苦手である。このドキュメンタリーはなぜか強烈に惹かれたので、引力というしかない。予想に反して柔らかく温かい1時間だった。
パーキンソン病という難病にかかり、安楽死を望んでいた60代の女性、良子さん。スイスに渡り、願いを実現するまでがはっきりと映し出されていた。幼少期から孤独に過ごしてきた彼女。母の不倫を見て育ち、家族の協力は得られないと悟った話。結婚して、妊娠もしたが流産した話。その流産の処置の際、投与する麻酔の量が多過ぎたせいで副作用に悩まされたこと。それがパーキンソン病に影響していると考えていること。海外で働き始めた話。フランス人の恋人の話。スイスで安楽死を受けるまでの、人生のターニングポイントと、彼女の考えが語られていた。
パーキンソン病は、完治させることができない難病と言われている。手足の振動が止まらず、レストランで食事をしていると食べ物を飛ばしてしまうという。人から見られることも多く、外出も思うようにできない。激しい痛みや眩暈、吐き気などで眠れないことも多いという。それ自体が死に至る病ではないが、身体の機能は徐々に失われ動かなくなる。
「安楽死」についてどう思うかを、この記事に書くつもりはない。ただ、良子さんが毎日毎日考えて、やっと見つけた最後の願いが安楽死だった。安楽死を受けられる条件は厳しく、「耐え難い苦痛を受けている」ことが絶対条件である。誰にも迷惑をかけず、誰にも頼らず、最後に自分で「病気を止めたい」のだという。プロデューサーは「思いとどまることはできないか」「誰かに頼って生きてもいいじゃないか、生きて欲しい」と彼女に問いかけた。「誰かに頭を下げてまで生きたくない」とキッパリ言い切っていた。
最期の時、これから人生の幕を閉じるというのに彼女は幸せだと言った。「もう人生になにもやり残したことがない」「ここに来られて幸せ。私の夢を叶えてくれてありがとう」自ら薬を投与する時さえ、穏やかで優しい表情だった。不平不満は一切出てこなかった。直前までクロワッサンを食べて、冗談を言って笑い、ゆっくりと深い眠りについた。
ひとりの女性が、自分で選び、自分で決めて、人生の幕を閉じる瞬間を見た。自分という存在を生き切る姿を見た。魂だけになった世界で、良子さんがゴールテープを切る姿が思い浮かぶようだった。自分をしっかり生ききった彼女を、心から尊敬する。
私はどうだろうか?自分を生き切っているか。思わず問いかけた。
5月の私は、やりたいことをたくさんやった。名古屋にも行って、お客様に会えた。好きなものを食べて、飲んだ。
でも、正直しんどかった。しんどすぎた😂名古屋から帰ると同時に母が退院できた。母が家に戻ってきてくれて嬉しかったけど、腰痛のため起き上がれなくなっていた。先生からも今までにないほど不安な未来の話をされた。トイレも食事も、今まで以上に介助が大変になった。痛そうにする母を何度も見た。うまくサポートできなくてごめんね。痛みがわからなくてごめんね。少しずつ難易度が上がり、これまでのようにできないことが増えていく。もう家で介護するのは限界なのかな、と考えたら悲しくなった。
母が1ヶ月ぶりにデイサービスに行った。送り出してすぐに、私はカフェへ。前から行きたかったカフェだったが、行く時間はずっと取れなかった。100年超えの蔵を改装した風情のあるカフェでチョコパフェとアイスコーヒーをいただいた。30分で店を出た。
お客様に毎月1回送っている開運メールがある。昨日早めに送付が完了した。講座生さんひとりひとりに合わせて月のテーマを解説した。いい感じだ。
午後3時くらいからお酒を飲んだ。普段は飲まないけど、5月は名古屋で飲んでから、3日に1回ペースで飲んでいる。やめられない、止められない。お酒を飲むと、その瞬間ふわふわっとして、気持ちが楽になる。そこまではいいのだ。
午後8時になっても、止められない。もう十分食べて、飲んだ。適量はとっくに超えていた。それでもその時間を手放したくなくて、他のことを何も考えたくなくて、苦しくなるまでハッピーアワーを続けていた😂小いさい頃からの癖なのだ。心の穴を埋めるために飲食に走る。母が倒れて運ばれた4歳の時も、イジメにあった小学5年の時も、現地で東日本大震災にあった大学時代も、苦しくなるまで食べていた。
そして自己嫌悪になったその後に、ふと見かけたのが良子さんのドキュメンタリーだった。
「自分をもっと生き切ろう。五体満足でいるのだから、あなたはやりたいことなんでもできるでしょ」と私が私に言った。
午後3時くらいまでは、自分らしく生きていた。午後8時は身体が苦しかった。自分らしく生きていなかった。見たくないことから目を背けるために、必要ないものを摂取した。
自分を生き切るって、「海外に行く!」とか「会社を設立する!」という大きなことも大事だ。実現に向けて動きたいと思う。でも今の私は、1時間、2時間そんな細かい時間の単位から、もっと自分を生き切りたいと思った。「3時は良くて、8時は良くない」そういう使い方をしたくない。せっかく健康に産んでもらった身体を、苦しめるために使いたくない。
今日は、朝から家の掃除をした。気運を見ても断捨離に向く日だ。書類や薬、割り箸、、、今は必要のないものが家の中に溜まってきていた。それらを捨てた。どんどん捨てた。心が軽くなっていった。食事は、いきなり食べなくなると反動が来るので、タコライスといちごのパンナコッタを手作りした。幸せを感じる量までに調節する。
夕方、母はいつもより起き上がれなかった。痛みもひどいようだった。動画を見て、起き上がらせ方を勉強した。その後、うまく起き上がれた。「やればできるね」と2人で笑った。
生きていると色々あるけれど、私は五体満足で、できることがたくさんある。ふと見かけたドキュメンタリーが「もっと自分を生き切れるでしょ」と声をかけてくれた


