親友が欲しい人生だった

「親友」が欲しかった。
「親友」がいたことのない人生だった。
ノートに書いている夢リストには、毎年「唯一無二の親友が欲しい」としつこく書き続けた。
同じ高校から一緒に大学進学した子がいた。
同郷で、同じ学部で、同じ部活で、お互い初めての一人暮らしで、支え合っていた。
私は親友だと思っていたけど、彼女には地元に幼い頃からの大親友がいるという。それに私以外にも仲の良い友達がたくさんいた。誰とでも仲良くなれる子だった。
「美穂子は親友じゃないよ」と言われたわけではないけれど、片思いのように寂しかった。ひょんなことから喧嘩になって「私の気持ちなんてどうせ言ってもわかんないよ」と突っぱねた。どんなときも大切に関わってくれていたのに、私はいつも無いものねだりだった。
その後、専攻が別々になり一緒に過ごす時間はなくなった。何年も連絡を取っていなかったのに結婚式に呼んでくれた。東京から岩手へ、ご祝儀を抱えてすっ飛んで行った。友人の結婚式に参列したのは人生でその1度だけ。
彼女が用意してくれたメッセージカードには「美穂子は美穂子のままでいてね!ずっと応援しているよ!」と書いてあった。
「親友」という言葉を辞書で引いてみると、
普通の「友達」よりもさらに深く心を許し合い、特別な結びつきや親密さがある友人。
とある。
私のことを1番大好きだと言ってくれる人が欲しかった。同じだけ想いあっていないと親友とは言えないと思っていた。
社会人になってからは、職場でも「この子となら深く仲良くなれるかな」「この人なら分かり合えるかも」と物欲しそうに探りながら、踏み込むことはなく。どんどん、ひとりで過ごすことが気楽になっていった。
陰陽五行を知ってからは、自分の性質をよく理解できるようになった。人と歩調を合わせられないこと、単独行動が大好きなこと、でも人への愛着が強いことも、全て自分が設定したことだ。
介護が忙しくなると、母にしか興味がいかなくなり、友達を作るという概念すらなくなっていった。
そんな私に最近、「親友」ができた。
長い時間を共にしたわけではないし、全てを話し合ったわけでもない。「うちらって親友だよね〜☆」と確認したわけでもないから、先方は思っていない可能性がある。
でもそれでいいのだ。
親友は恋人と違って、「お付き合いしましょう」と同意を交わさなくてもいい。同じ熱量で想い合っていなくても、自分がそう思えたらそうなのだと気がついた。
私にとっての唯一無二の親友とは、、、
「自分が自分でいることを許せる人」
のことだと。
嫉妬したりされたりしない。張り合ったり張り合われたりしない。幸せを奪おうとせず、「よかったね」って心から言い合える関係。相手が相手でいることを許せる。しばらく会わなくても、SNSでやり取りがなくても心の繋がりが途切れないとわかる人。
私は大学時代も「親友」がいたんだなと思う。
そして今も、「親友」がいると思えることが幸せである。
たくさん無いものねだりをしてきたけど、今はあるものが目に入ってくる。
良い人生を生きているなぁ〜。



