おばあちゃん、ありがとう

祖母が亡くなりました。
母の母です。102歳、大往生でした。
100歳まで自分で生活し、大きな病気もせず、好きなものを食べて生きていました。祖母の家はいつも綺麗に整っていて、埃ひとつなく掃除されていました。
私が4歳の時に、母が脳梗塞で入院した時、
しばらく祖母の家に預けられました。
寂しかったけど、寂しくなかったのは
おばあちゃん(おじいちゃん)が一緒にいてくれたから。
幼稚園から帰ると、必ず迎えにきてくれて、
大きなおにぎりとお茶を入れて待っていてくれました。
1度も怒られたことはなく、「こんな良い子はいない」と褒められ甘やかしてくれる貴重な存在でした。だけど観たいテレビ(大相撲)は絶対に譲らないところも好きでした。
私だけでなく、誰に対しても豪快な笑顔で接し、愚痴は言わない人。
気に入らないことは本人に直接言う潔さも持ち合わせていました。
私が一人暮らしを始めてからは、かれこれ7年ほど文通をしていました。祖母の選ぶポストカードは季節を感じたり、ほっこりするものばかり。決まって「みっちゃん、お元気ですか?」から始まり「みっちゃん、またね」で終わる手紙。
そのときの私はそれがどれだけ想いがこもったものか、わかりませんでした。箱に収まらないくらいだった手紙たちはほとんど捨ててしまい、今は3通だけが残っています。(全部取り戻して、読み返したい)
母の介護が始まってから、年に1回か2回しか会えなくなっていましたが、今年は小さな奇跡が起きたのです。
5月、母が心不全で入院しているときのこと。同じ病院の、同じ病棟の2軒先の病室に祖母が入院してきたのです。ずっと顔を合わせていませんでしたが、母も私も祖母と会話をすることができました。
なんとなくこれが最後かもしれないと思いました。食事もそれほどとらず、眠る時間が長くなり、とても小さくなっていたからです。
最後に会う時間を作ってくれた、神様の計らいだと思っています。
母は祖母の訃報を聞いて、ホッとしていました。
「親不幸をしなくて良かった」と安心したのです。
心不全を繰り返す中で、自分が先に逝ってしまうのでは、と何度も思ったのだそうです。
「これで母さんに怒られなくてすむわ」と。娘として悲しい思いをさせたくなかったんだよね。よかったね。
これからは姿が見えなくても、母をサポートしてくれるのではないかと思います。
小さな頃から家にいると辛いな〜、しんどいな〜と思うことばかりでしたが、家の外に一歩出て、おばあちゃんのもとに行く時間は私の癒しでした。
気合いの必要な人生だから、神様は唯一の癒しとして、素敵なおばあちゃんを私にプレゼントしてくれたのではないかと。
おじいちゃん、おばあちゃんと呼べる存在は全員、今世ではお別れとなりました。
誰かの死に対面するたびに、わたしはわたしを生きようと強く思います。
おばあちゃん、ありがとうね。
おばあちゃん、またね。



