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おばあちゃん、ありがとう

19 時間前
読了時間: 3分





祖母が亡くなりました。

母の母です。102歳、大往生でした。


100歳まで自分で生活し、大きな病気もせず、好きなものを食べて生きていました。祖母の家はいつも綺麗に整っていて、埃ひとつなく掃除されていました。


私が4歳の時に、母が脳梗塞で入院した時、

しばらく祖母の家に預けられました。


寂しかったけど、寂しくなかったのは

おばあちゃん(おじいちゃん)が一緒にいてくれたから。


幼稚園から帰ると、必ず迎えにきてくれて、

大きなおにぎりとお茶を入れて待っていてくれました。

1度も怒られたことはなく、「こんな良い子はいない」と褒められ甘やかしてくれる貴重な存在でした。だけど観たいテレビ(大相撲)は絶対に譲らないところも好きでした。




私だけでなく、誰に対しても豪快な笑顔で接し、愚痴は言わない人。

気に入らないことは本人に直接言う潔さも持ち合わせていました。



私が一人暮らしを始めてからは、かれこれ7年ほど文通をしていました。祖母の選ぶポストカードは季節を感じたり、ほっこりするものばかり。決まって「みっちゃん、お元気ですか?」から始まり「みっちゃん、またね」で終わる手紙。






そのときの私はそれがどれだけ想いがこもったものか、わかりませんでした。箱に収まらないくらいだった手紙たちはほとんど捨ててしまい、今は3通だけが残っています。(全部取り戻して、読み返したい)




母の介護が始まってから、年に1回か2回しか会えなくなっていましたが、今年は小さな奇跡が起きたのです。


5月、母が心不全で入院しているときのこと。同じ病院の、同じ病棟の2軒先の病室に祖母が入院してきたのです。ずっと顔を合わせていませんでしたが、母も私も祖母と会話をすることができました。


なんとなくこれが最後かもしれないと思いました。食事もそれほどとらず、眠る時間が長くなり、とても小さくなっていたからです。


最後に会う時間を作ってくれた、神様の計らいだと思っています。




母は祖母の訃報を聞いて、ホッとしていました。

「親不幸をしなくて良かった」と安心したのです。

心不全を繰り返す中で、自分が先に逝ってしまうのでは、と何度も思ったのだそうです。

「これで母さんに怒られなくてすむわ」と。娘として悲しい思いをさせたくなかったんだよね。よかったね。


これからは姿が見えなくても、母をサポートしてくれるのではないかと思います。




小さな頃から家にいると辛いな〜、しんどいな〜と思うことばかりでしたが、家の外に一歩出て、おばあちゃんのもとに行く時間は私の癒しでした。


気合いの必要な人生だから、神様は唯一の癒しとして、素敵なおばあちゃんを私にプレゼントしてくれたのではないかと。



おじいちゃん、おばあちゃんと呼べる存在は全員、今世ではお別れとなりました。


誰かの死に対面するたびに、わたしはわたしを生きようと強く思います。


おばあちゃん、ありがとうね。

おばあちゃん、またね。

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