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真似されるトラウマ

9月1日
読了時間: 5分








真似されることを恐れていました。

真似されるのが嫌で、必要以上に繋がらないようにしていたことがあります。自分が真似をして、相手の大切な表現を奪わないようにも気をつけていました。できるだけ見ないようにしてきました。


なぜこんなに真似をされるのが怖いか?


恨み節全開ですが、今日は真似されることへの特大のトラウマをぶっちゃけます🤣

(魚座満月の大浄化ってことにしよう)




広告代理店で営業マンをしていたときのこと。「今月の売り上げトップです」と表彰されることがありました。


飛び込み営業といって、一軒ずつ会社に飛び込み「うちで広告を出しませんか?」と営業をかけるシンプルな仕事です。



飛び込んだ会社の人が気に入ってくださり、契約をしました。頻繁に発注してくれる大口の取引先を見つけただけで、私の能力が高かったわけではないのですが、それが会社にとって大きな利益を生むことになりました。




同期入社で同い年の女性がいました。「おめでとう、ほんとうにすごい」といつも褒めてくれました。


当時、よく飲みに行ったり、社内で1人だけ話をできる存在でした。 


 

唯一気になっていたのは、彼女が私の真似をすることでした。


新しいピアスを買うと、次の週には同じピアスをつけてくる。

お気に入りのお洋服を着ると、同じデザインのものを身につける。

いつの間にか、偶然といえるレベルではなく。持ち物が似たようなものばかりになっていきました。


ある日、ご褒美に買ったバッグを「それ〇〇のバッグ?見せて」と言われました。


それからほどなくして「彼氏に買ってもらった〜」と持ってきたバッグは、同じデザインのバッグでした。。



私は人と同化することに喜ぶタイプではないので、なぜそこまで真似をするのか理解ができませんでした。


私にだけは言わず、聞こえるように周りの人にだけ言うのも気になりました。



彼女は彼氏もいて可愛くて、社交的な人気者。

私は彼氏もおらず、地味で陰キャ、コミュ障。


真似なんかしなくても十分輝いているのに。


真似をして身につけたものを「それ可愛いね」と褒められているのを何度も見ました。

自分で考えたわけじゃないのに自分のもののように振る舞い、良い想いをしている。

大切なものを奪われた、土足で踏みにじられた気持ちでいっぱいになり、傷ついていました。




ハッキリと「真似してる?」と聞くことも、「やめてよ」と言えるタイプでもありません。唯一の同僚なのに、喧嘩したくありませんでした。こんなことを思ってしまう自分がいけないんだ、と自分の器の小ささを責めていました。






「私には仕事がある!頑張ろう」とさらに突き進み、最短で契約社員から正社員へと出世を果たしました。結局、営業も人間関係もうまくいかなくなり、すぐにやめてしまいました。





起業した頃に「美穂子さん、素敵です!」といつもInstagramにメッセージをくれる女性がいました。


当時は無料セミナーを開催していて、よく参加してくれました。


その女性がある日突然、見かけなくなったと思ったら、、、私が開催していたセミナーの内容、そこで配布していたプレゼントを丸パクリしてビジネスをしていることがわかりました。


陰陽五行をちゃんと学んだことがない人が「陰陽五行とは〜」と語っていることへの違和感。


情報を抜き取りたくて近づいたんだな、とショックを受けました。しばらく落ち込みましたね😂



それらの体験から、真似する、真似されることに敏感になっていったように思います。





なぜ真似をされるのが嫌だったか、というと

大切なものを奪われた気がしたから。


もっと奥を探っていくと、


コソコソ真似ていたのが嫌でした。ひと言でも「それ素敵だから、同じのにしていい?」があったら全然よかったのに。

私に敬意を払ってくれていない。存在を雑に扱われていると感じたのです。



じゃあもっともっと奥を探っていくと、


私が私自身に敬意を払えていない。

私が私を雑に扱っていることへの悲しみ


ということが見えてきました。



ずっと「ムカつく」「嫌だ」「なんでそんなことするの」を抑えてきました。綺麗な感情だけでいろと自分に押し付けてきました。

自分の黒い感情には敬意を払ってこなかったのです。




noteを書いていると気がつくのですが、、

1つのテーマで記事を書くと、必ず関連記事が出てくるんですよね。

この世にオリジナルのものはほとんどなく、語り尽くされていることばかりなのです。


同じようなアイディアは無数に存在し、真似する真似されるはもう防ぎようがありません。



私が同僚より先にそのピアスを身につけただけで、ピアスを作った人がいて、日本中で同じデザインが発売されていたように。



陰陽五行も最初に作った人がいて、教えてくれる先生がいて、私はそれを学んだ1人にすぎないのだから。


最初から私のオリジナルなものなんてひとつもないのです。




だから真似する、真似されることをもう気にしないようにしよう、


ということでもないです。


だって嫌なものは嫌なのだから!!




自分への敬意を払うこと、自分を丁寧に扱うことは、


傷ついた自分を「傷ついた!」と言ってあげる自分でいる

「はぁ?何それ?」と思ったら、良い顔できないままの自分でいる


過去の自分が傷ついたように、誰かの大切なものを踏みにじって傷つけることも怖かった。


でも、誰かのことを気にせず思うままに表現する。



自分の中にある汚いものも丸ごと受け止めることだと思いました。





同じようなことが無数に語り尽くされている中で、


じゃあ何が違いになるかというと、


そこにのせる想い

自分だけの経験

共鳴し合える人の存在


なのではないかと思います。



これからも、私は私を語り続けます。

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